慶応義塾大学皮膚科と米国研究グループは、「アトピー性皮膚炎」の発症に関しての注目すべき研究結果を発表しました。
慶應義塾大学医学部皮膚科学教室と米国 National Institutes of Health の永尾圭介博士(元慶應義塾大学医学部専任講師)との研究グループは、アトピー性皮膚炎における皮膚炎が黄色ブドウ球菌などの異常細菌巣(注1)によって引き起こされることを、マウスを用いて解明しました。
目次
アトピー性皮膚炎
アトピー性皮膚炎は小児から成人によく見られる疾患で、一般的にはアレルギー性の疾患であると理解されています。しかし、皮膚局所の炎症が起こる原因は現在まで解明されていませんでした。かつては乳幼児期特有の病気で、「2歳で半分の患者さんが治癒し、10歳でさらに半分が治癒する」ともいわれていましたが、 実際は成人してから再発する患者さんも多数おり、現在では、20歳以下の実に10人に1人がアトピー性皮膚炎であると推測されています。
アトピー性皮膚炎の原因は?
アトピー性皮膚炎の原因となる物質は、ハウスダスト、ダニ、スギ、ブタクサなどの花粉、空中に浮遊している真菌(カビの一種)、犬や猫上皮、昆虫の糞や住宅建材の処理剤といった、生活環境中の物質が多く認められます。また、乳幼児では牛乳、卵、大豆、そば、小麦粉などの食物が原因となることも少なくありません。
一方、アトピー性皮膚炎患者の皮膚では黄色ブドウ球菌が多数存在していることが古くから知られていましたが、これがどのようにアトピー性皮膚炎の病態に関わっているかは不明でした。今回の研究では、アトピー性皮膚炎がひどくなった時には皮膚表面の細菌の”種類”は著しく減少し、その過半数が”黄色ブドウ球菌”によって占められることがわかりました。
黄色ブドウ球菌とは
「黄色ブドウ球菌」は、どこにでもある菌の一つで、環境の中、鼻穴や耳の穴、皮膚や喉の奥などにも「常在菌」として存在しています。健康な肌に対しては悪影響は出ませんが、何らかの理由でバリア機能が弱まった皮膚に黄色ブドウ球菌が入り込むと状況は変わります。弱った皮膚の中では、黄色ブドウ球菌自体から「毒素」が出て、水疱や膿疱といった皮膚トラブルを生じてしまうことが分かっています。
黄色ブドウ球菌が原因となる皮膚疾患
黄色ブドウ球菌による皮膚感染症には次のようなものがあります。
毛包炎は最も症状が軽い感染症です。毛の根元(毛包)が感染し、わずかな痛みを伴う小さな吹き出ものが毛の根元にできます。
膿痂疹(のうかしん)では、浅い水疱がつぶれて周りに黄色いかさぶたができ、かゆみや痛みがみられます。
膿瘍(おでき、もしくは、せつ)は皮下にできる膿のかたまりで、熱をもち、痛みがあります。
蜂巣炎は皮膚とその皮下組織に起こる感染症で、患部が拡がり、痛みと発赤が起こります。
中毒性表皮壊死剥離症と、新生児における熱傷様皮膚症候群は、重度の感染症です。どちらも広い範囲で皮膚がむけます。ブドウ球菌の皮膚感染症は、すべて感染性が非常に高いものです。
アトピー性皮膚炎の方の皮膚
アトピー性皮膚炎の人の肌は、保湿成分やセラミドが少なく、常に乾燥肌の状態にあることが分かっています。乾燥により、皮膚のバリア機能が弱くなり、アレルギーの原因となる異物(アレルゲン)や微生物が侵入しやすくなっているため、非常にデリケートです。また、汗などの刺激にも弱く、塗り薬や化粧品、時計やアクセサリーなどの金属にかぶれやすいのも特徴の一つです。
今後の新たな治療法の登場に期待
研究結果を受け、慶応義塾大学側は以下のようにコメントしています。
本研究で、アトピー性皮膚炎マウスの皮膚炎は、偏った異常細菌巣によって起きることがわかりました。本研究の結果をもとに、細菌巣を正常化することのできる新しい治療法が積極的に開発され、現在ステロイド剤で炎症抑制に頼っているアトピー性皮膚炎の治療戦略を大きく変えることができるのではないかと考えます。本研究では実験手法として抗生物質を使用していますが、この方法は腸内細菌への悪影響もあるため、臨床の現場でのアトピー性皮膚炎の治療法としては決して推奨されません(注7)。今後、抗生物質に頼らない正常な細菌巣を誘導する方法の検討が行われることを期待します。