医療業界は医療費の高騰による診療報酬の削減、慢性的な人手不足など様々な問題に直面しています。
そこで、アメリカではハーバード大学をはじめとして、医学部と経営学を同時に学ぶMD+MBAのジョイントコースが増えてきています。

それでは、このMD+MBAは医療業界にどのような影響を与えるのでしょうか。

アメリカでは日本と違い、医師が必ずしも病院の経営者になる必要はありません。そのため、アメリカではMBAホルダーが病院の経営を行っている場合があります。
 
 2014年5月のNew York Timesの記事によると、医師の平均給与が18,500ドルに対して、MBAを持つ病院のCEO(医師でない)は平均23,700ドルの報酬を得ていたと言います。
 さらに、2011年に行われた研究では、MBAを持つ医師は医師免許を持たないCEOに比べ、より多くの収益をあげることがわかりました。

つまり、病院の経営の向上には医療の知識だけでなく、経営の知識が必要不可欠なのです。
 

今まで医師達はどのようにしてビジネスの知識を持たずに病院経営を行ってきたのでしょうか?

どの企業がビジネスの知識を持たない人に資金を預けるでしょうか。もちろん、そんな会社はどこにもありません。しかし、長らく医療業界ではまかり通ってきたことなのです。

エール大学のレポートではアメリカの医学教育でさえ、1910年頃からほとんど変わっていないといいます。もちろん日本の医学教育では、病院の経営に携わるような教育はなされていません

昨今の日本の医学部では、MDの学位以外にPh.D(医学博士)やMPH(公衆衛生学修士)などの学位を取得する医師が一般的です。しかし、もっとも驚くことは、アメリカにおけるMD/MBAのジョイントプログラムは、現在では65校あまりあり、その半分以上は2000年以降に新設され、25%は2011年から2012年の1年の間に増加したとのことです。MD/MBAコースは5年間で、はじめの3年間に医学を勉強し、4年生はビジネスを、5年生は医学とビジネスのジョイントのプログラムを勉強します。
 
 アメリカにおけるMD/MBAプログラムの最大の目的は、コンサバティブな医療業界において「イノベーションを起こし、病院の意思決定に大きな影響を与える医師を生み出す」ことにあります。 それは、ビジネススクールとメディカルスクールの教育方法に大きな違いがあるからといわれています。
 メディカルスクールでの学習は基本的には病気に対する明確な治療方法がしめされます。一方で、ビジネススクールで行なわれている教育は、ケーススタディー中心の教育で、そこには明確な答えは存在しません。
 
 私も当初は、ケーススタディーのあいまいで、正解のない授業にはかなりの違和感を覚えました。しかし、ここから不確実性に対する意思決定の能力を学ぶことができるのです。これは、医療においても役に立ちます。もしかするとMD/MBAの意思決定能力は救急医にも役立つかもしれません。例えば、救急外来に来た患者様を診察する際に、全ての検査をオーダーするのではなく、どの検査結果が必要か、自分で答えを見つけるという意思決定をすることができるようになるでしょう。
 
 その他にも、ビジネススクールで学ぶエントレプレナーシップ(起業家精神)は従来の医療体制を変革することができるかもしれません。
 

 一方でMD/MBAに対する否定的な意見もあります。それは、例えMD/MBAコースを卒業しても、忙しい研修医期間には、ビジネスにおけるインターンシップやプロジェクトを同時並行して進める時間はありませんし、
 もし研修医を休んでビジネスを行うことを選択した場合も、医療のスキルはその間に劣化してしまうというジレンマがあります。この点をDuke大学では、研修医とマネジメントの期間を組み合わせることによって両立させるレジデントのコースを新しく創設することで改善しようとしているようです。他にもハーバード大学のブリガム&ウィメンズホスピタルでは、HemiDocという研修医とビジネスの研究の両立ができるコースを持っています。
 

MBAとMDを両立させることの利点は、医師としての優しさや奉仕の心をもったビジネスマンになれることでしょう。このような「ビジネスも医療も分かる人間が、医療業界に大きなイノベーションを起こせる人材になる」でしょう。
 MBAスキルを持つことで、医師は新しい病院や組織を創設したり、その戦略を考える際に意思決定する能力が備わります。
 残念ながら、日本の医学部にはまだMD/MBAコースはありません。しかし、私は将来的に日本の医学部にMD/MBAコースを構築したいと考えています。
 
 MBAは医師免許と違ってそれを取得したからといって次の日から何かできるようになるわけではありません。医学生から医師になるまでの道のりは、医師国家試験、研修医など多くのステップを必要とします。2014年のWhartonの論文によると、1981年から2010年までの間にMD+MBAプログラムの20%の卒業生は研修医に進まなかったとのことです。このように、MBAを取得後、研修医に進学することを辞めてしまったり、臨床の修練を積むことを辞めてしまったりすることはあまりいい選択肢とは思えません。それは、医師は患者様を診ることが仕事であり、それをないがしろにして、病院のシステムや体制を理解することなど到底不可能と考えるからです。
 
 

MD/MBAを勉強することで、ビジネスと医療の2つの視点で物事を判断する能力を身につけることができます。確かにこのMBAスキルは競争優位を生み出しますが、一方で全ての医師に必要とは思えません。なぜならば、診療にもっとも必要になるのは、医師としての専門的な知識や技術だからです。しかし、現在の医療は、正解の見えない多くの問題に直面しています。そこで、重要な意思決定のできる医師が必要になることでしょう。

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